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2013年08月05日

研修報告

平成25年度第2回市町村議会議員特別セミナー報告書 
                                          平成25年8月5日
                                                              

1研修期間  平成25年8月1日(木)~2日(金)
2研 修 先  全国市町村国際文化研修所
3研修内容
○8月1日(木)
(1)講義「みんなで楽しく汗して 自分たちのまちを 豊かにしよう!」
    講師 木村 俊昭 氏(東京農業大学生物産業学部教授)
 主な内容は次のとおり。
・初めに結論を述べたい。地域を活性化するとは、どういうことであるのか。今、地域が「部分個別最適(地域の一部の人だけがよい状況)」ならば、それを「全体最適(全体に最もよい状況)」にすることである。
・そのためには、①全体最適 ②価値共創 ③産業再編(循環型)を思考すること。
・地域活性化のものさし(基準)が必要となる。
・平成24年の観光客数は660万人で、平成23年3月の東日本大震災以後の落ち込みから回復したが、この場合の評価となる基準は何か。
・基準 ①売り上げが確保されたか。
     ②人財が養成されたか。・・・どういう方向で育成するのか。
      ・地域で養成、定着ができるか。
      ・地域内で起業する。・・・誰が融資するのか。行政、銀行等が情報を流す。
      ・企業誘致・・・地元企業は固定資産税等が減免されない。地元を大切にする。
・自分で自分を評価する場合でも基準は必要である。
         ↓
       知り気づき
         ↓
       行動に移す
・気づくだけでは単なる物知りにすぎない。知識から知恵に変えるには行動すること。
・事例1 遠軽町でエゾシカが大繁殖、人口1,250人に対し数万頭。
 役場は効果的な対策できず。注意看板(シカに注意!)では部分個別で、シカは減らな
い。
①情報共有・・・住民のノウハウ、経験を活かし、できることをやる。
②分業・役割分担・・・楽しい場を作り、担ってもらう。
③事業を構想し稼ぐ。
  ↓
宿泊施設を建設し、全国からシカの狩猟に来てもらう(全体最適)。
・事例2 八千代市 すっぽんの養殖
  すっぽんを1kgにするには3年かかる。なぜか?すっぽんは冬眠するからである。
  冬眠をさせずに1kgにするのはどうするのか。ビジネス化、コスト削減が課題。
      ↓
  温泉水を使用して冬眠をさせない。1年で1kgの養殖に成功した。これで1匹300円で仕入れた、すっぽんが5,000円の価値となった。
・「ないものねだり」から「あるものさがし」へ。まちの地域資源を知り気づくこと。農業、水産業がタッグを組み、生産者ネットワーク化で6次産業化する。そのためにはプロデュースする人財が大事である。
・事例3 鹿児島県鹿屋市「やねだん」集落
  過疎高齢化の集落だが、公民館長が工場跡地の整備で自ら動くことで住民を動かし、公園として蘇らせた。その手法は「感動」。感動があれば、人は動き、地域再生の力となる。14年間メッセージ放送を続けている。「母の日」には母に感謝する子どもの声を流す。
□質疑応答
問 その気にさせるには、何が一番大切か。
答 ネットワーク、ディスカッションパートナーを持つこと。自己分析し、強み、弱みに気づき、行動するよう心がけること。知り気づき行動すること。自分で楽しくなければ広がらない。自分の人生のため、このまちをどうするのか思考すること。

   
(2)講義「東日本大震災以降の地域経済とモノづくり」
    講師 関 満博 氏(明星大学経済学部教授)
  主な内容は次のとおり。
①現状
・地震発生時、新日鉄釜石製鉄所にいた。地震そのものは大したことないと感じたが、30分後に津波が襲った。当時、防災放送は津波5mと放送していたが、津波の高さは10mで、世界一と言われた防潮堤を破壊してまちを襲った。
・東北地方はかつて「モノづくり過疎地」であったが、東北自動車道、新幹線の開通の前後から、一気に近代工業化が進んだ。特に北上市は260社、5千億円の売り上げであった。大震災による被害は、立地が山側であったことから少なかった。
・三陸にあった工場は、国の補助金(75%)で高台移転へ。
・釜石市の水産加工会社60社は全部津波で流された。
・浪江町の酒造会社は破壊された。
・菊池製作所(従業員300人)は、除染作業が終了し、屋内0.2マイクロシーベルト、屋外0.5マイクロシーベルトの放射線量まで低下した。平成23年10月にジャスダック市場に上場した。
・陸前高田市では、イナバスーパが補助を受けて解体された。八木澤商店は再建され、みそ、しょうゆが醸造されている。酔仙醸造も再建された。いずれも国の補助を受けた。仮設の工場70社、ホテル再建、屋台村設置など徐々に復旧の兆しがある。
・除染の状況
  ・楢葉町・・・進んでいるが、除染した土の置場がない。草は撹拌し、ゼオライトを混ぜている。3,000人の作業員が投入された。10km圏内の食品スーパーが再建された。
  ・浪江町・・・被災当時のままで変化なし。
②地域産業
・3種類に分類
 ・外貨を稼ぐ産業・・・モノづくり
 ・   〃    ・・・地域資源をベースに付加価値を付ける。
   ・自然資源+付加価値
   ・人的資源+付加価値
 ・生活を支える産業・・・飲食業、サービス業など
・従来は特定のものを大量生産していたが、これからは多様性が必要で、若者が働きたくなる産業が求められる。
③水産加工業・・・三陸の基幹産業(干物、節、飼料、缶詰など)
・三陸の水産加工業は少子高齢化の中、成長産業である。小中学校の学校給食は、従来のパン、ミルクといった献立以外に、米食が週5日のうち3日取り入れられている。三陸の水産加工の冷凍物(サンマ、イワシ、サバ、タラ、サケ、イカという多発性魚類)が  給食センターで簡単に調理できる。冷凍物が70~80%占めている。
・九州、四国では養殖物(ブリ、カンパチ、マグロ、ヒラメ、タイ、エビなど)だが、高級品のため売れない。
・事例1 小野食品(釜石市)
  ・55歳の社長は、父の跡を継ぎ、イカ焼きの仕事をしていたが、1990年頃、吉野屋や熱海旅館組合から相談を受け起業した。2006年、魚料理の頒布会を展開し、多くのリピーターを獲得した。
  ・大震災により3つの工場のうち2つが被災に遭った。被災前は、15億円の売り上げで、業務用(外食、スーパー)が8割(利益率30%)、直販1割(商社)、直販1割(個人、利益率50%、リピーター4,700人)であった。現在は、15億円の売り上げを回復しているが、業務用2割(病院、学校)、業務用2割(JAL、ANA)、直販6割(リピーター2万人)になり、利益率は変化している。日本の産業構造そのものが変化しつつある。
・「素材を生かす」開発
    ↓
 加工、組立・・・安くて良い製品に力を注ぐこと。
    ↓
 消費、サービス
・事例2 ロイヤルブルーティジャパン
  ワインボトルにお茶を入れて販売した。ペットボトル150円に対し、価格は2万円(ヨーロッパ向け)と5千円(キャバクラ向け))だが、銀座で売れている。
④まとめ
   これからはコスト重視ではなく、地域資源を磨いて、付加価値を付けて販売すること、人的資源を有機的に結び付けることが必要である。

○8月2日(金)
(3)講義「「都市再生」と「コミュニティー創生」で進める持続可能な「協働のまちづくり」
    講師 清原 慶子(三鷹市長)
  主な内容は次のとおり。
①はじめに
・自治体が議会とともにめざす住民本位の自治
・自治体経営では、限りある財政を有効に活用し自治体の持続可能性を確保することが課  題
・住民本位の行政を実現するために必要な住民との<相互信頼>、基礎となる<参加>と<民産学公(市民、産業界、大学、行政)の協働>
・二元代表制
・市町村長と市町村議会が緊張関係と協調関係のバランスの中で、住民本位の自治体の在り方をいかに創造していくかが求められている。
②市長になる前
・昭和50年~51年、女性の声を市政に反映させたいとの思いから、三鷹市の第一次基本計画づくりに参加
・まちづくり研究所での政策提言活動
・1999年~2001年、共同代表を務めた「みたか市民プラン21会議」による基本構想、基本計画素案づくりへの参画
・平成15年(2003)、市長就任、以後3期11年目
③三鷹市の主な政策概況
・昭和31年、日本初の0歳児保育開始
・昭和48年、日本初の公共下水道整備100%、日本初住民協議会によるコミュニティ管理運営
・平成17年、「インテリジェント・コミュニティ・オブ・ザ・イヤー」受賞(情報都市世界一)
・平成18年、コミュニティスクール型小中学校一貫教育開始
・平成23年、市民を対象とした第4次三鷹市基本計画策定に向けた市民満足度、意向調査の成果として9割の市民が市を「信頼している」と回答
・平成24年、日本経済新聞社「第1回自治体経営革新度調査」第1位
④三鷹市自治基本条例と自治体経営の特徴
・自治基本条例の理念は「参加と協働」を基本とする。平成15年11月に策定案を提案した後、検討やパブリックコメントを繰り返し、平成17年9月に成立した。
・新たな自治制度・仕組みの創設・・・情報公開、オンブズマン、パートナーシップ協定、コミュニティ自治等
・三鷹市自治体経営白書の発行、各部の運営方針と目標の策定と公表・・・職員意識を変える。
・事務事業総点検運動、公共施設総点検運動の展開を含む行財政改革の推進
⑤「都市再生」と「コミュニティ創生」
・行政体制
      市長
      ↓ ↑
    副市長、教育長
      ↓ ↑
    都市再生推進本部
      ↓ ↑
  市民と協働で進める組織の強み
・7つのプロジェクト
  ・安全安心のまちづくりプロジェクト
  ・地域ケア推進プロジェクト
  ・都市の更新再生プロジェクト
  ・バリアフリーのまちづくりプロジェクト
  ・子ども子育て支援のプロジェクト
  ・協働のまちづくりプロジェクト
  ・ユビキタスコミュニティプロジェクト
・ファシリティマネジメント・・・公共施設の基礎的調査、データベース化、計画的対応、事後予防から予防保全へ
   ・従来の事後予防・・・不具合箇所の放置と悪化、事故リスクの拡大、健全な部位へ の悪影響、施設の短命化
   ・予防保全・・・不具合箇所の改善、事故リスクの最小化、ストックの質的向上と有効活用、施設の長寿命化
・市民、PTAとの協働によるファシリティマネジメント
  ・保育園や小学校の耐震改修、中学校体育館建て替えなど
       ↓
    保育園の管理運営を、従来の公設公営から社会福祉団体への民営委託化へ(現在では園長のみ市から派遣、職員はプロパー)
    公立保育園のうち中央保育園のみ公設公営(公設公営をゼロにしない方針)
    保育の質のガイドライン作成
・老朽化した公共施設の再配置・・・青果市場の移転に伴う跡地利用について、関係者、市民と検討委員会を持ち、基本方針、管理運営の方向性などを平成21年度から24年度まで検討し、計画や設計を行い、「新川防災公園、多機能複合施設」として25年度から着工する。
・小中学校エアコン設備整備・・・不交付団体のため国や都の補助金がなかったが、文科省や都に要望し、補助金を得て整備した。これも都市再生による持続可能性である。
・地域ケアネットワーク事業の推進・・・住み慣れた三鷹で住み続けたい、「老い」「障がい」の問題、高齢者同士の介護の問題に対し、人は一人では生きられない、人支え、支えられ、生涯にわたって関わりを持つことから7つのコミュニティ住区のうち5つで開設した。活動内容は、顔の見えるつながり、多世代交流、見守りの仕組みづくり、講座の開催など。
・コミュニティスクールを基盤とした小中一貫教育・・・公立の立場からの取組で、2~3の小学校で1つの中学校へ進学するため、出身小学校グループという弊害を解消した。
・見守りネットワーク事業・・・孤立死、孤独死を防ぐため、都営住宅、公団、電力、ガス、郵便局、新聞販売店などと協定を締結した。
⑥特に取り組んでいること
 ・市民との情報共有の推進・・・市政情報の新聞社への提供、市民会議や審議会への市民公募枠の拡大、基本計画等の電子図書化、少人数市民との「市長と語り合う会」など
 ・職員の人財育成・・・人材育成プラン作成、職員(1040人)とのトークセッション、職員提案の充実と「ベストプラクティス表彰(市長表彰)」、自治基本条例ハンドブックなど
⑦まとめ
・住民本位の地方自治を目指す。
・透明性を高く、説明責任を果たす。
・日常的な協働の実践と恒常的な行財政改革の推進
・持続的改革の推進と改善すべき前例や悪弊を断ち切る勇気
・政策法務の充実
・自己変革と向上心による持続可能性を持つ組織づくり

(4)講義「「飯田方式」から学ぶ中心市街地の再生」
    講師 高橋 寛治(地域プランナー)
 主な内容は次のとおり。
①はじめに
・現在は300~600人の小さな集落の再生に力を入れている。
・20年後の社会を描きながら、住民と話している。
・飯田方式は一つの手法
②最初に結論を
・過去に学んで未来を予測すること。今までの延長では未来はない。新しい仕組みを作ること。
・産業革命以後、人は都市に集中した。やがてインフラ整備などは市街地郊外に拡散し、中心市街地が衰退することは当然のこと。
・特殊界のやり方を考える。特殊界で普遍性を生み出す。
③飯田方式による市街地の再生
・飯田方式の特徴
・一般的に再開発は、デベロッパーやゼネコンを入れて事業を進めるが、飯田ではデベロッパーやゼネコンは入れずに、自分たちで行った。
・まちづくりカンパニー(平成9年、市民1億9千万円、市3千万円、計2億2千万円の出資金)をつくり、そこが中心となって進めた。
・再開発の目的は、社会サービス(医療、教育、福祉)の向上で、過去に学んで地域計画を立てた。
・地域の課題をつかみ、政界のパイプではなく、住民の労力と知恵と金で自らが解決する仕組みを作った。住民合意が一番大切。
  ・考え方の基本
   ・自分たちが互いに、全体的な「市民の立場」で、将来の利益を考える。
   ・科学的な調査と文明史的に全体を見る。
④中心市街地の再生と歴史的事実
・なぜ再開発か?
    歴史上、人が集中して生活した事実は2回。一つは強力な政権の時、もう一つは産業革命以後
・19世紀から20世紀にかけて、人が都市に集まった反動で都市問題が起き、その解決として拡散が起きた。
・これにより都市は衰退した。文明史的歴史的な必然と言える。
・20年前、大店法により大型店は郊外立地となった。これにより中心市街地は寂れた。
なぜなら消費者が大型店を支持しているからである。
・再開発は中心市街地の再生の王道で、中心市街地に社会サービス(医療、教育、福
祉)を提供できる。まちの本質は多様性にあるのだから、総合的な再生を目指すべき
である。
⑤都市の本質
・都市の本質は多様性にある。都市に一番人が住んでいる。商業は結果産業である。
⑥飯田方式を作ろう
デベロッパーやゼネコンは使わない=地元権利者と市で作る。お金や技術は自前で
行うのが基本である。

   基本原則
    ・全員同意
    ・バス方式(できるところから始める)
    ・市民のバンク
    ・蔵を残す
    ・現場主義
    ・生活の再生
    ・市民が開発
⑦まちづくり会社とは?
・デベロッパーやゼネコンが入らないと、最初の金が入らないという課題がある。
・しかし、それは市民がまちづくりの銀行を作ることで解決できる。銀行から金を借りて、再開発組合へ貸す銀行が市民のバンクである。
・飯田まちづくりカンパニー
  ・資金の調達
  ・床の販売及びレンタル
  ・ビルの管理
  ・各種イベントなど
⑧飯田方式の再開発の教訓
・裏界線という背割り道路の再生
・細かい道路の整備
・小規模再開発の連鎖
・社会サービスの再生
・再開発準備組合発起人会の申し合わせ事項・・・自分たちで行うことを基本とする宣言である。
・「政策によって、地域は全く違う形となる」
・国は部品を作ってくれるが、完成品を作れるのは「基礎自治体」
・今までの延長では未来はない。
・大切なことは「土地の総有(所有と使用の分離)」と「ファンド」
・一般界は凡庸だが、特殊界のみ普遍性を生む。
⑨おわりに
 ・戦後の「まちづくり」とは、住民、行政、商業者などがそれぞれの立場でベストな選択をした結果である。
 ・良い町とは、インフラが整備され住民の所得が高く、市町村財政が豊かなところか?逆に経済や利便性に距離を置いて、自らの足元を考えられないか。
 ・課題に対し、土地の総有(所有と使用の分離、みんなで管理)、「ファンドの設置」「車社会からのテイクオフ」「食糧エネルギーの自給」「地域が仕事をつくる」など地域のルールが必要となる。

⑩質疑応答
問 ファンドの役割は何か。
答 金の工面でデベロッパーやゼネコンが入るが、入ると工事そのものがおかしくなる。金の立て替えのために銀行を作る。信用力で金を借りる。2億2千万円は市民から1億9千万円、飯田市から3千万円で賄った。
問 裏界線とは。
答 市道認定道路で幅2mのもの。火事の際の逃げ道となる。路地に人が集まる。表通りだけでなく、裏通りもファクターとなる。考え方を逆転すること。
問 市民主体、議員提案で動かない現状にあるが、どう打開できるか。
答 市や職員の自由度は高かった。小さいところでは小さいやり方がある。元気な人がいるのも地域社会である。住民参加、小さな自治体が生き残るだろう。

■所感
  第一講の木村俊昭氏の講義は、元小樽市職員、元内閣官房企画官として、全国の自治体との交流があるだけに、豊かな経験からの元気が出る内容であった。主に北海道を例示に話されたが、多様な地域のある日本列島では、一律的な政策は難しい。飯田市の再開発を自ら仕上げた第4講の高橋寛治氏が主張する「政策によって、地域は全く違う形になる」との指摘はまさにそのとおりと考える。第3講の清原慶子氏も含めて、大事なことは「住民主体、地域主体」で物事を知り、気づき、行動することだろうと感じた。第2講の関満博氏の「震災復興と地域産業の再生」でも同様なことが言える。主体的に動いた地域、住民がいるところでは、復旧、復興、それも未来を見据えた新しい形での産業構造の変化が見えつつある。
  今回の講義で全体を流れているものは、都市であろうと、限界集落であろうと、被災地であろうと、そこで生きる人々が自分たちの現状を考え、何をすべきかに気づき、行動することである。自治体や議会、議員は、地域・住民主体で進むよう環境を整備する役割をきちんと担うことである。首長でも議員でも、有権者の付託を受けているが、時間は止まってはいない。事態は刻一刻と変化しているのだから、常に現状を見ること、なぜか?という疑問を持つこと、その原因を探ること、解決や改善は何かを考えること、そして政策提案(提言)、実施へとそれぞれの立場に立って行うことではないか、二元代表制の原点に立つこと、それに尽きる研修であったと思う。
  

Posted by mc1397 at 20:38Comments(0)TrackBack(0)